クロノス・天使と戦う男 その10 |
マリ子は自転車を必死にこいで、くだんの砧公園へと急いだ。 その間、クロノスは何も云ってこなかった。 途中、小田急線の踏み切りにひっかかるような障害もあったが、結局十五分ぐらいで着いたので、彼女はしばらく園内を見て回ることにした。 砧公園は、東京二十三区の南西部、世田谷区にある、とても広い公園である。 またの名を砧緑地というだけあって、園内はあおあおとした緑でいっぱいなのだ。 そして、半分下水道になっている水路が、公園に入る手前で浄化され、清き流れとなって公園の真ん中を走っている。 マリ子はその、谷戸川という川に架けられた吊り橋の上に立って、周りに生えている緑の間から空をながめた。 東京で見る空も、緑を通してみると、なかなかきれいなものね…… 「おい、息抜きに来てるんじゃないんだぞ」 「判ってるわよ」 「それとな、お前めし食ってないだろ。近くの売店でパンか何か買って食っとけ。腹が減ってはいくさは出来ぬ、ってゆーぐらいだからな」 「……そうね、家で何か食べてけばよかったわね」 マリ子は、近くのコンビニでサンドウィッチと牛乳を買い、公園のベンチに座って手早く食事を済ませた。 その最中、彼女の周りで小さい薄桃色のものがはためいているのに気付いた。 桜の、散った花びらだ。 サンクチュアリの隣にある、ファミリーパークに咲いている桜が風に流されているのだ。 そうね、そんな時期なのね……わたし、天使さまってこんな感じのそんざいだって思ってたのに……… そして彼女は、決戦の場と決めたバードサンクチュアリへと足を運んだ。 バードサンクチュアリとは、ただ他の園内より樹木の密度が多いだけで特別何があるわけでもないが、人の気配を嫌う鳥たちが安心して巣を作ったり羽を休めたり出来るよう、高い柵をで囲って人を入れないようにしてあるのだ。 マリ子は女だてらにその柵をよじ登ろうとしたが、柵は登りにくい作りをしていてなかなか登ることが出来ず、近くに生えている木に登って、柵を越えたところの幹から飛び降りる、という荒技を用いて中に侵入した。 そして奥へ進むと、まるで自然の森のように樹木が生い茂り、鬱蒼とした雰囲気をたたえていた。 立ち止まって耳をすますと、様々な鳥のさえずりが彼女を囲んでいた。 「自分で考えたことだけど、こんなとこ入っちゃって、わたしいいのかしら」 「いいんだよ、特にお前なんかは」 「?」 クロノスのことばの意味は判らなかったが、とにかく彼女は足を進め、少し視界の開けたところで、 「よし、この辺でいいだろう」 と彼が云い、マリ子は足を止めた。 時刻は十一時四十分、もうすぐ天使の兵隊がやってくる時間である。 「ねえクロノス」 「何だ」 「今から来る、きこー天使さまって、どんなふーな方なの?」 「…うーん、俺もまた聞きの情報受け取っただけだからよくは判らんが、機甲天使って奴ら、何でも人間の軍隊みたいに戦う訓練をした天使らしいぜ。奴らも俺のそんざいを敵、として強く感じてるようだ。もちろん悪魔って云われてる奴らのこっちの世界への侵食を防ぐ、ってのもあるらしーがな」 「なによ、悪魔ってあなたのことじゃないの」 「短絡して考えるなよ、あいつらがいるからこそ、悪魔ってのもいることも忘れてもらいたくはないがね」 こいつ、なに云ってんの、他に別に悪魔がいて、自分が悪魔って意識、はなから眼中にないみたいじゃない…… 「とにかく、奴らはそれなりに強いし、強いって判るかっこーもしてるはずだ。お前はお前なりに天使のイメージってもんがあるだろーけど、だぶん奴らそれ、壊すことになるだろーな」 「さーね。でもあなた、なんだかわたしに弱音吐いてるよーな気がするけど」 「そーかも知んねーな。俺だってすべてが判る訳じゃない。自分の知らないことには、不安感じるさ。お前は今、天使のこと信じてっから、強い、と自分のこと思ってんだ。でも、そうじゃない場合のフォロー考えといた方が、身のためだぞ」 その時マリ子は、クロノスの本音を聞いたような気がして、こころのゆらぎを覚えた。 「迷ってる暇なんかないぞ。奴らはすぐそこまでもう来てる。お前の考えるどちらにせよ、気ぃ強く持ってないと乗り切れないぞ。自分をしっかり強く持って、これから起こることに備えるんだ。いいな」 マリ子は取り合えず、彼のことばに従った方がいいような気がして、自分を強く保つことを考えた。 「来たぞ!もう公園の敷地内だ。俺たちを探してる。けど、まだずいぶん高いところにいる。目では、俺たちをとらえられない。どっちみちぶつかるんだ。知らせるか……いや、探す間のストロークを作っておいた方が、俺たちに有利だ」 クロノスはまるで独り言をつぶやくかのように、状況を説明した。 「ものすごい殺気だ…本気で俺たち殺そうって腹だ、マリ子」 「なに?」 「お前、絶対に楽観するなよ。この機甲天使って奴ら、とんでもない戦闘力だ。たとえお前を殺すつもりじゃなくっても、戦いのさなかお前死なせる可能性だってあるぞ。流れ弾に注意しろ」 「………それもそうね」 マリ子は十字架を握りしめ、高まる鼓動を抑えつつ、空をあおぎ見た。 空は抜けるように碧く、その身に桜の花びらを漂わせ、木々の枝は緑の息吹を吹いていた。 こんなに美しい初春の光景の中、本当に彼の云う、恐ろしい天使がやってくるのだろうか、マリ子は思った。 「ここが地獄の一丁目になるか、天国の階段となるか、お前次第だ。ともかく、自分を信じてろ。そして、天使が信用ならん、と判ったら、俺を信じろ。同調、してくれ。それ以外にお前の生きる、道はない。そら、来るぞ!」 時は来た。 マリ子の目にも、彼らの姿ははっきりととらえられた。 猛スピードでこちらに向かってくる、彼らを。 「マリ子、もう一度云う。お前、俺に最初から戦わせる気はないか。ひょっとすると、奴らが来てからじゃ遅いかも知んねーぞ」 「……わたしは天使さまに賭けるわ。これが最後の答えよ」 「それを最期のことばにはさせんぞ。」 彼らは、風に舞う桜吹雪とともに、彼らの形が判る距離まで近づいてきた。 だが、以前マリ子が見たのとは違い、彼らには色が付いていた。 片いっぽうは、空と同じく碧の聖衣。 もう片一方は、苔の緑に似たモスグリーン。 どちらも頭に不思議な形をした兜をかぶっており、様々な文様がついた盾を手にしていた。 そしてマリ子には、どちらの聖衣も軍服のように目に映った。 「気を強く持て!だいぶん乱れてるぞ!」 こころの内側から、クロノスとも彼女の内心ともつかない叱咤が響いた。 彼らの顔立ちまでわかるほどマリ子に近づいた時、碧い方の天使が、 「槍(スピーア)!」 と叫び、そしてもう一方が、 「三叉槍(ドライザック)!」 と叫んで、それぞれの形をした空気のゆがみを彼らは手にした。 碧の戦士はその場にとどまると、手にした槍をマリ子に向かって投げた。 そして緑の天使は、その槍と同じスピードで三叉槍をマリ子に向け、迷いもせずに突っ込んでいった。 その彼らの行為を認めたマリ子は、急激にその色を失った。 うそ、天使さまって、わたしたちの味方じゃなかったの?悪魔を殺すために人間を殺す、の?自分たちの目的のためなら、何でもしていい、の?正しいことって、こういうことなの? 「青龍刀(チンロンダオ)!」 ギャリリーン! 槍は、当たらなかった。 三叉槍は、刃先をその場にとどめた。 彼女の前に、巨大な青龍刀の形をしたゆがみを持ったクロノスがおどり出、それらをすんでで食い止めた。 「クロノス!」 「判ったろう、これが奴らのやり方だ。さあ、ムダ話はなしだ、俺と同調してくれ!」 「え、え、ど、同調、どう、どうするの?」 「バカ野郎!」 クロノスは青龍刀を振るい、三叉槍を天使ごとはね飛ばした。 緑の天使は体勢を失い、一旦しげみの中に消えたが、すかさず碧の天使がゆがみの槍を投げつけた。 クロノスはそれをうまく払いのけ、 「さあ、今すぐ俺の姿をこころに抱いて、それを強く思うんだ。もうこっちはそれやってる!後はお前だ!さあ早く!」 「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って、今やるから!」 とは云え、クロノスを最後まで信じなかった後悔と、天使への失望と、命の危険をじかに感じた恐怖が入り混じり、彼女のこころは最大の度合いでパニックっていた。 その間にも、体勢を立て直した緑の天使がクロノスに突っ込んでいく。 それにクロノスは刀を振るって応戦すると、守りの空いたマリ子に碧の天使が槍を投げつけた。 「危ない!」 クロノスは緑の天使を再びはね飛ばし、その反動で自分も移動すると、恐怖で体の動かないマリ子の変わりに身を挺した。 「うぐぅわぁ―――――――――っ!」 そのとき、マリ子のこころのどこかにひびが入った。 彼を最後まで悪魔と決め付けて疑わなかった、こころの一部に。 クロノスは、一瞬だけ辛そうなうめき声を上げたが、無言で左胸から槍を引き抜くと、振り返ってマリ子に笑顔を見せ、 「だい……じょうぶ……か?」 「ク、クロ………あ、あな………」 「お前死んじゃあ、元も子もないからな、それよか、同調頼むぜ」 と、引きつった笑顔を作ると、天使たちのいる側を向いた。 天使たちも、彼の強硬手段に恐れをなし、いったん引いて様子をうかがっていたが、突っ込んでくるクロノスを迎え、それぞれの凶器を構えた。 ああ、クロノス、わたしのため、そして自分のために戦ってるんだ……何とか、してあげなくちゃ…ううん、同調、してあげなくちゃ…でも、こころが直下型地震起こしてて、彼の像、うまく結べない……あーん、どーしたらいいの!? マリ子は、高鳴る胸に手をやると、そこに下がっている十字架に指が当たった。 彼女はそれを握りしめると、何の迷いもなく引きちぎり、勢いをつけて地面に叩きつけた。 すると彼女の中に、ピーンと閃くものがあった。 かたちとして、彼のことを考えるから上手くいかないのだ。 彼は本当は、実体、ものの体を持たない。 時々彼女や他の物に触れる彼の実体は、彼の超能力で作っただけのものだ、と前に彼は云っていた。 クロノスは云わば、こころだけのそんざいなのだ。 十字架は人のかたち、彼女はそれにこだわっていたので、彼のことをうまく想えなかったのだ。 思う、こととは、想う、こと。 彼女は戦っているクロノスを見た。 彼は天使たちをマリ子に近づけさせないために、二人まとめて引き受けていた。 といっても刀一本、彼の身ひとつで相手をしているのだ、無事に済んではいなかった。 だが受けた傷そのものは、彼の戦いに影響を与えてはいないようだった。 服の破れようにしては、彼の動きによどみや遅れがない。 しかし、ひと太刀受けるごとに、彼のパワーが弱められていくのが、彼女には見て取れた。 早くしないと……… マリ子は胸に手を当てて目を閉じ、こころが落ち着くよう努めた。 そして、彼、クロノスを助けたいという想いをこころに抱いた。 すると、さっきとは打って変わって、驚くほど急速に彼女のこころは平らかさを取り戻した。 そして、彼の姿がこころに現われた。 クロノスだ。 彼女と語らっているときの、明るく笑う彼、だった。 クロノスの、こころのかたち、だ。 しかしそれは、今のクロノスではない。 今の彼は恐怖に顔を引きつらせ、彼女のため、自分のために、天使たちと苦闘を演じている。 こんな彼に戻したい……もどって欲しい…… 彼女は云いようのない切なさを覚え、明るく笑う彼をこころでそっと包み込んだ。 その時だった。 彼女の周りの空気が、すーっ、と変わっていった。 そして彼女が目を開けると、クロノスの方でも何か変化を来たしていた。 「うおーっ!」 彼はそう叫び、全身から白いオーラのようなものを吹きだしていた。 そして天使たちがそれを見て、ひるんでいるのに気づくと、 「ご来客のみなさまおまっとーさんでした、期待の新製品、クロノスハイパワーバージョン、ボリューム1・1だたいまさんじょー、っと来たもんだ、ってとこかぁ!」 クロノスは陽気に叫び、不敵な笑みを浮かべて彼らをにらみつけた。 そして、体から吹き出ているオーラをうまくあやつると、それをまとめてもう一本の青龍刀を仕立てた。 彼はそれを空いている左手でつかみ、刀を碧の天使に投げつけた。 天使は間一髪でそれをかわしたが、刀は飛びながらうまく回転し、ブーメランのように戻ってきてクロノスの手に収まった。 それを目の当たりにした天使たちは、後ずさりして次の攻撃を待った。 彼らの劣勢を悟ったクロノスは、またも不敵な笑みを浮かべた。 それは悪魔の笑み、そのものだった。 しかし、戦う彼と同調したマリ子のこころの中の彼は、そうではなかった。 彼は傷つき、疲れ、苦しんでいた。 辛い表情を隠すことなく、天使たちをにらんでいる。 もう勝てる、とは判っていても、これまで受けた傷がすでに彼を苦しみの縁へ、追いやっているのだ。 私の、せい、だ……… 彼の苦境は、自分の気後れが原因であることを彼女は悟っていたが、それを悔やむより先に、彼を想うことに専念した。 彼は頭から、血を流していた。 目には、見えない、が。 彼女はその血をぬぐおうと、彼の頬に手を当てた。 すると彼は、天使たちに見せたのとは違う、優しい微笑みを浮かべ、だいじょうぶだよ、と表情で伝えた。 ほおは、あたたかかった。 まるで、ひと、のぬくもり、だ。 彼女は目から、涙を流していた。 何を思って、でもない、自然と流れた。 するとクロノスが、その涙をぬぐおうと、彼女のほおに手を当てた。 そして彼は、泣くことないよ、大丈夫だよ、と微笑みかけた。 手は、あたたかかった。 まるで、ひと、のぬくもり、だ。 彼女の中に、暖かいもの、が広がった。 彼を傷つけた切なさと、彼に対するいとおしさが、全身に広がっていた。 クロノスはまた、大丈夫だよ、と、こころでささやいた。 すると彼女も、わたしももう、だいじょうぶ、と微笑んだ。 二人は微笑みあうと、頬から手を離し、ゆっくりと下ろした。 するとふたたび、彼女のこころは平らかになっていった。 戦いは、終わった。 マリ子が目を開けると、戦いの場であった空間に、碧い空気のゆがみと、緑の空気のゆがみが漂っていた。 彼らはいずれ、空に帰る。 そして、神の元に戻り、再生の祝福を受け、再びクロノスを倒す機をうかがうのだ。 しかし今は、そんなことはどうでも良かった。 下を見ると、クロノスがいた。 彼はもう、二本の青龍刀を空に返していた。 彼の黒い上下の服は、元からして材質不詳だというのに、ぼろぼろになってもう何がなんだか、という状態だった。 そして彼の顔や肌には、一点の傷も見当たらず、いつもの美しさをたたえていた。 しかしそれは見せかけだけで、内側に受けた傷は相当なものだろう。 マリ子は泣きながら、クロノスに駆け寄った。 「クロノスーっ!クロノス、クロノス、クロノス、クロノス、クロノスっ!」 「何だよ、一回呼びゃあ、わかるぜ」 「ごめんなさい御免なさい!わたし、あなたのこと………」 「もういいんだよ、結果オーライって奴か?終わりよければすべてよし、だ。つーこっで、うまく同調してくれたみてーだな、礼をゆーぜ」 「ううん、わたし、悪いの、わたしが悪かったの!訳判んなくて、あなた傷つけちゃって………」 「あのなあ、お前まだ、ことば、にこだわってんのかよ。こころの中で、判りあえたつもりだぜ。俺ゃー、よう」 「あ………………」 足下、あれはクロノスのこころの中でも起こってて、ああ云って、ああ動いたのは、クロノス自身なんだ…… 「しかし、俺も甘かったぜ。やる、やるとは聞いてたが、あんなにやる、とは思わなかったからな。奴らもそーとー俺のこと気になってきたみたいだ。こりゃ身の振り方、考えたほーがいーな」 「身の、ふり方って?」 「今日やった同調、ありゃあ遊びみたいなもんだ。遊び、っつーてもパソゲーってとこまで行かない、かくれんぼ、ぐらいだ。ほんまもんの同調、と来た日にゃえらいこってっせだんな、あ、だんなじゃねーか。まーいー、聖書に出てくる神の万軍、そんなのにも立ち向かえるぐれー、凄い力が出せるはずだ。実際やってみて、そう確信した」 「すごい同調って……どうやるの?」 「さあな、ヒュノスと俺で考えた同調の仕方は今みたいなのだったが、お前、あいつよかぜんぜん同調するから、お前土台にしてもっと効率のいい同調の仕方、今から始めて探っていく、それより他に方法はなさそーだ」 「ねえねえ、ところでその、ヒュノスって男?女?何歳ぐらいの人?」 「俺があいつんとこいた時は、還暦越したじーさんだった」 げっげー、こいつ、じーさんとあんなこと、してたわけ? 「お前、なんか変なこと考えてねーか?」 マリ子はあわてて首を振った。 「あいつとは、互いに信頼を交わしてたんだ。なにしろ、つらが違わー。ともかく、お前とのうまい同調の仕方見つけないと今後、奴らと張り合えないんだが、それには、だ」 クロノスはここで、ふっと寂しげな表情を見せ、 「お前の全面的な協力が必要なんだ。でもお前は俺のこと、悪魔、って思って毛嫌いしてんだもんな、とーてーそんなこと……」 「そんなことない!」 マリ子は、胸の辺りで両のこぶしを握りしめ、蛇口全開で涙を流し、 「する!する!協力する!クロノスのためだったらなんでもする!もうあなたのこと悪魔、だなんて思ってない!あなたはただのクロノス、で、わたしのそばに、ずっといて!あなたが嫌やだったらわたし、キリスト教徒やめる!あなたの邪魔になるんだったら、仕事もやめる!だからねぇお願い、そんな淋しい顔しないで!」 彼女は、クロノスが実体だったら彼を抱きしめんばかりの勢いで、泣きながら彼に詰め寄った。 するとクロノスはふっ、と笑みを漏らし、 「それはありがとう、ご協力、痛み入ります。でも、仕事はやめる必要ないよ。あの坂本って兄ーちゃんじゃないけど、お前はどんどん仕事したほーがいい。それにだ、キリスト教徒もやめる必要ないぜ。そんなに早くこころ変わりされたんじゃ、あいつ、繊細だから、かなしむ、ぜ……」 マリ子の協力が得られることで安心しきったのか、彼をそれまで保っていた気力が抜け切ってしまい、彼はそのエーテル体を音もなく地面に横たえた。 「クロノス――――――――――っ!」 隣のファミリーパークに咲いている桜の花びらが渦巻く中、マリ子の痛ましい叫び声が春のうららかな空に響いた。 |