DV(ドメスティック・バイオレンス)
1.ドメスティック・バイオレンスとは
ドメスティック・バイオレンス(domestic violence)直訳すれば家庭内の暴力であるが、ふつうはパートナー間の暴力を指す。わかりやすくいえば夫から妻への暴力ということになる。しかし必ずしも夫婦とは限らないケースも多い。すなわち、ドメスティック・バイオレンスとは、「親密な関係にある、あるいはあったパートナーから受ける暴力」である。
2.日本におけるDVの現状
1998年頃から日本でも「女性に対する暴力」の中心的な課題として、「DV=ドメスティック・バイオレンス」という言葉がマスコミで喧伝され、あっというまに日本全体に広がった。実際、DVは日本でも頻繁に起こっている。年間100人以上の女性がDVによって命を奪われているという。そして、彼女たちの背景には多くの被害女性たちがいる。日本で初めての「夫(恋人)からの暴力」全国調査(1992)では、回答した女性の8割が、なんらかの身体的、精神的、性的暴力の被害を受け、4割以上の女性が、三種の暴力すべてを経験していた。総理府男女共同参画室の全国調査(1999)では、回答した女性の4.6パーセント、およそ20人に1人が「命の危険を感じる暴行を受けている」という報告がなされている。司法統計によると、妻からの離婚調停申し立て理由の約3割は「夫の暴力・酒乱」である。毎年1万人以上の女性が、夫の身体的暴力を理由に離婚していることになる。
1998年の東京都の『「女性に対する暴力」調査報告書』によれば、回答者の内、精神的暴力の被害者の割合が、55.9%、身体的暴力、性的暴力の被害者がそれぞれ33%、20.9%であることが報告されている。「立ち上がれなくなるまで、殴る蹴るなどのひどい暴力」を「何度も」もしくは「1〜2度」受けた女性は、約3パーセントで、100人に3人の女性が、刑法の傷害罪、暴行罪に該当する暴力を受けたことがあることになる。「刃物をつきつけて脅す」については、100人に1人(約1パーセント)が被害にあったことがあると回答している。また、子どものいる女性の64%が子どもへの暴力の波及を訴えている。
犯罪統計(1995)によると、夫(内縁を含む)が加害者、妻(内縁を含む)が被害者となった殺人は128件。暴行・傷害・傷害致死事件は550件となっている。逆に妻が加害者、夫が被害者となった殺人および暴行・傷害等は、それぞれ79件、64件で、夫から妻への加害行為が9倍多い。
3.DVの内容
DVには殴る・蹴る・首を締める、死に至らしめる等の身体的暴力のほか、高圧的なもの言いや、外見や行動に対する罵詈雑言によって自尊心を傷つけるなどのいわゆる言葉の暴力、避妊に協力しない・セックスを強要するなど性的虐待、生活費を渡さないとか仕事をやめさせて経済的自由を奪うなどの経済的虐待、家族や友人から孤立させる・行動を監視する・脅迫する・家具などを壊す・ペットや子どもを虐待するなどの行為が含まれる。
「おまえの口を塞いでやる」「殺してやる」「どうなるかわかっているだろうな」などと脅迫し、いうことを聞かない女性への罰として、言うことを聞かせるための方法とし物を壊したり投げたりする。そのことの理由付けとして「おまえが言うことを聞かないからだ」「おまえがそうさせたんだ」と被害者のせいにする。
4.DVのサイクル
DVには、3つのサイクルがあるという。暴力の前兆としてのトゲトゲしい雰囲気が感じられる時期(緊張期)の次には、怒りのコントロールが効かず、猛烈な暴力(爆発期)が続いた後、被害者に対する謝罪や愛情の表出が見られる時期(ハネムーン期)が訪れる。被害者は、ハネムーン期のパートナーが本来の彼であると錯覚し、別れることに躊躇したり、罪悪感を感じてしまう場合もある。
しかし、加害者は自分の精神的な安定のためにパートナーへの虐待を必要としているので、また緊張期に入っていく。このサイクルを繰り返すうちに、暴力の度合いがエスカレートしていく。また、DVの被害女性の約18%に心的外傷後ストレス症候群(PTSD)@、Aの発症が見られるという。
5.子どもへの影響
暴力が子供たちに与える影響も深刻である。1998年の東京都の調査によれば子どもへも暴力が及んだケースは64.4%である。子供たち自身が、暴力・虐待を受けているだけではなく、母親への暴力を目撃して不安や恐怖を覚えたり、「暴力を止めさせることが出来ない」などと母親を守れなかった自分を責めるようになることもある。直接、暴力を目撃しなくても、子供はその雰囲気を敏感に感じ取っているのである。また、子供を叩いてしまうと相談機関に援助を求める母親自身が、夫から暴力を受けている例は少なくない。また母親の再婚相手などから子供が性的虐待を受けることもある。
幼ければ幼いほど言葉で訴えることは難しい。さらに暴力をふるうのが父親であるから、それを口にするのは容易ではない。「夫(恋人)からの暴力」調査研究会の調査では、身体的暴力の経験がある女性の約3パーセントが、「子供に暴力が及んだ」と回答している。また、東京都などの調査では、暴力が子供に及ぼした影響として「父親への憎悪・恐れ」「情緒不安定」「不登校」「ひきこもりがち」「兄弟や友人などへの暴力」などがあげられている。
6.DVの加害者
加害者は、アルコール依存、薬物乱用、貧困といった状況がある場合もあるが、世間では知識も経済力もあるエリートの顔を持ち、家庭の中だけで暴君としてふるまう男性が加害者となるDV事件も多く存在している。加害者の職業として一番多かったものが医師と自営業者、二番目は公務員といった調査結果もあるそうである。被害者となる女性の多くは専業主婦であるという。夫によって経済的に支配され、友人や親族といった社会からも孤立させられているため、助けを求めることができない状況にあるからである。DVは限られた人だけに起こる特別な問題ではなく、社会的な問題であるといえる。
1999年カナダのバンクーバーでおこった日本大使館総領事(51才男性)が妻を殴って地元警察に逮捕された一件が象徴的である。彼は、「日本では古来から夫は妻を殴っても構わないものだ、これは文化の違いである」と主張しバッシングを受けた。
暴力をふるっている男性は、それが「暴力」であるという認識をもつことがむずかしいらしい。さらに被害にあっている女性も、これを被害であると認識することがむずかしいという。精神的にも追いつめられて、自分が死ぬか、相手が死ぬかどちらかしかないとまで考えているにもかかわらず被害の認識がないのである。
7.DV被害者に対する世間の無理解
社会の無理解のために、多くの犯罪被害者が、偏見やいわれのない非難にさらされ傷つくことが多い。とりわけDVは、外に向かって語られることもなく、ひた隠しにされるため、わかりにくく、誤解されやすい。さらに、夫婦間の場合「法は家庭に入らず」という原則から警察などの第三者は介入しづらい。
まったく問題なく仕事をし、ふつうに話をし、さらには会社の経営者であったり、学者や社会のエリートといわれる人たちが、妻に暴力をふるっていたら「奥さんにも悪いところがあったにちがいない」と世間は思うであろう。被害者が力を振り絞って訴えても「まさか彼がそんなことするはずがない」と信じてもらえず、「けんかするのも仲が良いことの証」「結婚なんて辛抱の連続だ」と夫婦げんかとみなされてしまい、さらには「あなたが彼を怒らせるからいけない」「あなたにも悪いところがあったから」と逆に非難されてしまう。
「人には知らせるな」と加害者が強いる沈黙、被害者が恐怖によって強いられている沈黙、そして被害者が語れない社会環境が強いる沈黙の三者が醸し出す闇の中に被害者の声は沈んでしまうのである。
8.DV防止法
2001年4月、議員立法によって5日間のスピード審議の末にDV被害者を保護するための法律である「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が可決成立した(※)。
「DV防止法」は、夫婦だけでなく、事実婚や離婚後の元配偶者も救済の対象に含めている。DVの防止と被害者保護を国や地方自治体に義務づけており、都道府県では、2002年度から婦人相談所などを活用した「配偶者暴力相談支援センター」を設置し、相談受付や一時保護などにあたることとなった。また、被害者が重大な危害を受ける恐れが大きいときには、被害者からの申立てによって地方裁判所が加害者に(1)住居や勤務先への6ヶ月間の接近禁止。(2)2週間の住居退去。それぞれの命令を出すことができるようになった。加害者側が保護命令に違反した場合には、1年以下の懲役か100万円以下の罰金を科す罰則も設けられている。
9.DVの歴史
DVは何も現代になって登場したわけではない。大正時代の新聞に掲載された身の上相談に、夜ごと酒に酔っては暴力を振るう夫に対し「子どものために」と忍耐する妻が、我慢の限界に達し離婚を求めたものの夫が応じないため、妻の方から離婚できる法はないものだろうか、というまさに典型的なDVに関する相談がある。回答者は離婚請求訴訟を起こすよう助言し、「貴女の言ふ事に道理がある限りは勝つ事が出来ます」と励ましている。
また、結婚して3年になる女性から、「夫は芸術家だが、プライドは高いものの収入はない。それで自分が働きに出た。ところが嫉妬深い夫が、少し帰宅が遅れたりすると浮気でもしているのではないかと詮索したあげく、気に入らないと妊娠中でもお構いなく『打ったり踏んだり』する。恐ろしくなり、実家に帰って出産したところ、夫は「これまでの自分の仕打ちは悪かった」と謝るのだが、夫の浮気の噂が方々から聞こえてきた。もう愛想が尽きた、どうすれば離婚できるだろうか。」と言う相談もある。外面の良いインテリが、家の中では暴力夫で、時折は反省の素振りを見せるものの、結局同じことを繰り返す。現代のDV相談事例でも、よく見られる典型的パターンである。
最近、若い母親による子どもの虐待も社会問題化している。似たことが大正期すでに起きていた。「夫は酒色に溺れる弱い性質の男である。たまりかね、実家に帰った。しかし、そこでも「一度嫁いだ者が」と冷遇される。乳呑み児を抱え途方に暮れるうち、時々狂乱状態に陥り、「可愛い坊や」を殴ってしまった。」
DV サバイバーの詩
「窓の女」
知らない道を歩いていた
何か気配を感じて
道端の白い家の2階を見上げた
窓 黒枠の窓
女が窓越しに外を見ていた
焦点の定まらないうつろな目
腫れあがった赤黒い顔
戦慄が走った
5年前、窓の中の女はわたしだった
夫からののしられ、殴られ、そしてやさしくされ、また殴られ
窓から外を呆然と見ていたことがあった
わたしはあなただった
あなたと話したい
あなたと泣きたい
そうする勇気のない自分に泣いた
あした あしたこそ あの家のベルを押そう
(※)【配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(通称 DV防止法)】(平成13年法律第31号)(2001年4月6日成立、2001年4月13日公布)