第464回 しとしとと静かに

    
平成13年 12月13日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。

さて、仏教といっても、いろいろの説き方があり、世間の
常識はなかなか通用しないことばかりです。

そこで、基本的なことを学ぼうと、毎月一回集まって、
自分だけ分かっているのではなく、一番大事な子供や
孫へ伝えようと、勉強会を始めることになりました。


その第一回を、12月に開きますが、今その資料を
作っています。


例えば、こんな資料です。

合掌(がっしょう)とはいったい何か。
合掌は、インド古来の礼儀作法の一つ。
日本のお辞儀、中国の拱手(きょうしゅ・両手の指を
組み合わすこと)西洋の握手にあたります。


合掌は、すべての仏教徒が行う作法ですが、相手の
尊さとありがたさを知って、心から頭を下げることで、
両方の掌(て)をあわせることは二心のない一心をあらわし、
お敬いの心を相手に示すものといえます。


蓮如上人の法語(実悟記)に

「おがむのに、早くすませてしまうような拝み方は、
 敬いの心がなく見苦しいもので、 しとしとと静かに
 拝むのがよろしい・・・」とあります。


また、常に礼拝するものには、五つの徳が備わると、
書かれているお経もあります。

(増一阿含経・ぞういちあごんきょう)

その徳とは、
@ 端正になる(つねに歓喜の心をもつことによって、
   姿が美しくなる)

A  好声になる(つねに仏名を称えることによって、
  評判がよくなる)

B  財宝をもつ(仏の施の徳がめぐまれて、大きな
   施しの心を持つようになる)

C  長者になる(仏の智の徳がめぐまれて、人びとの
   尊敬を受けるようになる)

D  善処に生る(礼仏の徳によって、来世には仏界に
   生まれる)とあります。


ところで浄土真宗では、礼拝やお念仏をして往生しようと
する教えではありません。お念仏を私の手柄とする
のではなく、報恩のお念仏、報恩の礼拝です。

しかし、いつも礼拝しているひとには、自然に滲み出る
ものがあることも事実のようです。

どうぞ、嬉しいとき悲しいとき苦しいとき、どんなときでも
お念仏を口にして、味わい深い人生を、喜ばせて
いただきたいものです。
妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、12月20日に新しい内容に変わります。

   浄土真宗本願寺派 勤行必携      経谷 芳隆師 著

   

          

本願寺・りビング法話へ