民営化の落とし穴
今、マンションの信頼性が大きく揺らいでいる。千葉県市川市の姉歯秀次(あねは・ひでつぐ)一級建築士(48)がマンション、ホテルなどの建築確認に使う構造計算書を偽造した事件が連日報道されているからである。
新聞によると、姉歯建築士は以前に大口取引先から依頼された仕事で、必要な鉄筋量を10%ほど減らした構造計算書を偽造し、民間の指定確認検査機関の「イーホームズ」に提出した。不合格の場合の差し替え用の構造計算書まで用意していたが、すんなり合格してしまった。それ以後、偽造した構造計算書をイーホームズに出すようになったという。姉歯氏によると「イーホームズは検算すれば簡単に見抜ける偽造も見逃していたので、チェックが甘いと思った。イーホームズ以外の会社はチェックが厳しく数字は変えていない」とのこと。これに対して、イーホームズは、藤田東吾社長らが会見し「偽造は巧妙なもので、通常の審査で発見は無理」「この偽造事件を発見し、すみやかに公表できたことは、確認検査業務の民間開放が成功していることの証だ」と主張したという。
指定確認検査機関は98年の建築基準法改正でスタートした制度である。行政が担ってきた建築確認を官から民へ開放したのだという。全国で指定確認検査機関が設立されたが、国土交通省の大臣の認可を取るのは大変で、そのためか、官僚の天下りとか、国土交通省外郭団体のNPO形式、大手ゼネコン系等が多いらしい。イーホームズは、唯一例外的な「独立会社」なのだそうだ。そのような大した会社なのに、建築の専門家に言わせれば「一目瞭然」の偽造を「見抜けなかった」のだそうである。構造計算書が偽造されたマンションの多数を発注した、株式会社ヒューザーの社長はマスコミに頻繁にでて「姉歯が勝手にやったこと」と宣伝しまくっている。しかし、どういう偶然か知らないが、ヒューザーの取締役に犬○正○という人がおり、イーホームズの確認検査本部担当役員には犬○光○という人がおられ、お二人はご兄弟だとのことである。
これらの報道に接して筆者は全く違う分野の事件を思い出した。その事件とは、「平成17年9月13日、カネボウ旧経営陣による粉飾決算事件に関連して、会計監査を担当した中央青山監査法人の公認会計士4人が、不正に加担した疑いで逮捕された。」というものである。捕まった4人のうちの1人である佐藤邦昭容疑者(63歳)はカネボウ担当を12年間も務めていた。監査される側と監査する側の「なれ合い」といってしまえばそれまでだが、なぜ「なれ合う」かが問題である。
誰だって、この世間で生きて行くにはどうしたって金がいる。もちろん、仕事をするのはそのためである。出来れば楽で安定した生活がしたい。そこで、どうしてもお客様に気に入っていただく「商品」を作る必要が出てくる。客の側もせっかく儲けた金を有効に使いたいから、出来るだけ「良質かつ廉価なもの」をもとめるのが人情である。廉価の方はわかりやすいが、「良質」とは何かが問題である。「良質」が例えば丈夫であるとか、使い勝手が良いとか、安全だとかいう「プラス思考」なら結構な話なのだが、「良質」とは、「他の人たちにとっては不都合でも自分の利益を大きくしてくれるもの」というふうに考える人もいる。カネボウの旧経営陣にとって良質の会計監査とは、粉飾を見逃し自分たちの保身を図れる監査であった。
今般の姉歯事件も、客観的で公正な捜査なり検査なりを見ないと断定的なことは言えないものの、姉歯の偽造構造計算書もイーホームズの杜撰な確認検査もヒューザーの社長さんには「良質な」商品だったのではなかろうか。姉歯氏は、偽造構造計算書という「顧客」に喜んでもらえる、売れる「商品」を作っただけとも言えるのではないか。
詳細は知るべくもないが「姉歯とヒューザーが建てたマンションでも川崎市が検査したものは驚くほどしっかりしていた。」との報道もある。一方、公の検査でも偽造が見逃されていたとの報道もある。この際、混同してはならない点は、公の偽造見逃しの原因は「能力および人手の不足」「なまけ」「過失」等であろうが、民間の場合は、「過失」をのぞけば、最大限の利益を上げるための「良質の商品作り」そのものにある点である。これぞ、ポリシーなき民営化の陥穽というべきであろう。