Vultus est index animi.（羅）The face is
the index of the soul. 顔は、魂の指標である。
日本顔学会なるものがある。平成7年（1995年）3月、顔に関する研究の発展を期し、あわせて「顔学」の普及を図ることを目的に、顔の研究者、顔の研究に興味がある人が結集して発足した学会である。2001年10月末現在の会員数は856人。顔に関心がある人なら、誰でも会員になれるのだそうで、「芸能人は歯が命」というわけで歯学、美容学、顔の魅力や表情の研究を扱う心理学、さらに、形成外科、美容外科、解剖学、神経学などの医学、芸術学・人類学等の関係のほか出版社や新聞社・放送局などのマスメディア・報道関連分野の人たちなどが集っている。
その昔、粗製濫造の大学を「駅弁大学」、テレビの弊害を「一億総白痴化」と揶揄したことで知られる評論家の大宅壮一は、「男の顔は履歴書」といった。ついでに言えば「女の顔は請求書」だそうである。またある人曰わく「政治家の顔は領収書」だそうである。
二十代前半から陽明学者として活躍し、吉田茂から中曽根康弘にいたる戦後歴代の首相が、ほとんど師と仰ぎ、教えを請うてきた人物といわれている安岡正篤は門下の人々に、第16代米国大統領・リンカーンのエピソードを何度も紹介している。それはリンカーンは閣僚の人選を顔で決めたという有名な話である。
リンカーンが大統領に就任した後、支援者の一人がある人物を閣僚に推薦した。恩義のある支援者であり、すぐにその男に会ったが、リンカーンは「顔が気に入らない」といって用いなかった。推薦者は「それはアンフェアだ。顔は当人の責任ではない」といったら、リンカーンは「そうではない。男は40歳にもなれば自分の顔には責任を持たねばならない」と答えたという。
顔が内面を表すということは古今東西を問わず言われ続けてきた。ラテン語の諺（ことわざ）に「Vultus
est index animi.（羅）The face is the index
of the soul. 顔は、魂の指標である。」というのがある。日本の諺（ことわざ）にも「目は口ほどにものを言う」というものがあるが、顔、なかでも目は相手に関する多くの情報を伝えているのである。
森鴎外は「人は生まれたままの顔で死んでいくのは恥だ」といったという。これも、リンカーンの言葉とおなじく、40歳にもなったら自己責任で「顔」を作り上げろということであろう。ある程度の年齢をすぎた男性のなかには、男前とかではなく「いい顔」の人がいる。世間にもまれ、修羅場をくぐり、風雪を耐え忍んできた顔には無言の自己主張がある。
「よい顔が推薦状であるならば、よい心は信用状である」（エドワード・Ｇ・ブルワー・リットン、英国19世紀）との言葉もある。人間は、まず最初に外見で人を判断する。よい顔は相手に対する推薦状になる。スムースにつき合いが始まり、そのなかから深い信頼関係が生まれる。顔が悪ければ最初からつきあって貰えないか警戒されながらのつき合いになる。少し趣旨は違うが、インドネシアの民謡「かわいいあの娘」の歌詞に「恋人は目から心へ」との文句がある。
今上天皇の御教育参与だった小泉信三は「顔はその内なる人を現している」といった。一事を成し遂げた人、一芸に達した人には外形に何物かが現れている。学識か、知恵か、威厳か、魅力か、顔は人間の深奥を語るという。心が養われれば顔もまた良い表情になるということであろうか。
筆者は以前から「愚か者は身なりで人を判断し、賢者は顔で人を判断する」との確信をいだくものである。相手の話の内容よりも相手の顔、表情、目つきを相手の知性・人格の重要な判断材料にしてきた。もちろん相手の顔にまんまと騙（だま）されたこともあるが多くの場合、少なくとも言葉によるよりも正しい判断ができてきたと思う。筆者の経験によれば、人相の悪いもの、特に目つきの悪いヤツによい人間がいた試しはなく、大概「根性悪」であった。それでも世間には「顔で人を判断するなと」言うお方もいらっしゃる。しかし、だれしも、身近な生活の中で「顔」を知らず知らずに意識しているのである。今では余り聞かないが、一昔前まではマスメディアでも人相を言いあらわすのに「サラリーマン風」「工員風」「公務員風」「やくざ風」等の言葉を使っていた。「人相が良い・悪い」にはじまり、「おとなしそうな」「弱気そうな」「強気な」など顔を表現する際には「顔が性格をあらわすものである」との前提に立った表現を用いることも多い。以前、少年の凶悪犯罪が起こったとき顔写真がネットで流通し問題となった。その際に立花隆が「顔から得られるインフォーメーションは多大である」と言っていたが、筆者も全く同感である。筆者は以上のような趣旨において「人間は顔である」と断言するものである。