億兆安撫國威宣布の御宸翰 【太政官日誌第五】
朕幼弱を以て猝に大統を紹ぎ爾来何を以て萬國に對立し
列祖に事へ奉らんやと朝夕恐懼に堪ざる也竊に考るに中葉
朝政衰てより武家權を専らにし表は
朝廷を推尊して實は敬して是を遠け億兆の父母として絶て赤子の情を知ること能ざるやふ計りなし遂に億兆の君たるも唯名のみに成り果其が為に今日
朝廷の尊重は古へに倍せしが如くにて
朝威は倍衰ろへ上下相離るること霄壌の如しかかる形勢にて何を以て天下に
君臨せんや今般
朝政一新の時に膺たり天下億兆一人も其の處を得ざる時は皆
朕が罪なれば今日の事
朕自身骨を勞し心志を苦め艱難の先に立古
列祖の盡させ給ひし蹤を履み治蹟を勤めてこそ始て
天職を奉じて億兆の君たる所に背かざるべし往昔
列祖萬機を親らし不臣のものあれば自ら将としてこれを征し玉ひ
朝廷の政總て簡易にして如此尊重ならざるゆへ君臣相親しみて上下相愛し徳澤天下に洽く國威海外に輝きしなり然るに近來宇内大に開け各國四方に相雄飛するの時に當り獨我邦のみ世界の形勢にうとく舊習を固守し一新の效をはからず
朕徒らに九重中に安居し一日の安きを偸み百年の憂を怠るるときは遂に各國の凌侮を受け上は
列聖を辱しめ奉り下は億兆を苦しめん事を恐る故に
朕ここに、百官諸侯と廣く相誓ひ
列祖の御偉業を繼述し一身の艱難辛苦を問ず親ら四方を經營し汝億兆を安撫し遂には萬里の波濤を拓開し國威を四方に宣布し天下を富岳の安きに置かんことを欲す汝億兆舊來の陋習に慣れ尊重のみを
朝廷の事となし
神州の危急をしらず
朕一たび足を擧れば非常に驚き種々の疑惑を生じ萬口紛紜として
朕が志をなさざらしむる時は是
朕をして君たる道を失はしむものみならす從て
列祖の天下を失はしむる也汝億兆能々
朕が志を體認し相率て私見を去り公義を採り
朕が業を助て
神州を保全し
列聖の神靈を慰し奉らしめば生前の幸甚ならん 【太政官日誌第五】