フッ素概説
特性
フッ素は、その高い反応性の故に自然界において単体の状態では存在しない、かなり一般的な元素である。地殻1キログラムあたり約0.3グラムと見積もられており、様々な鉱物の中にフッ素化合物の形で存在しているが、蛍石、氷晶石、フッ素燐灰石が最も一般的である。酸化状態にあるフッ素イオンはマイナス1である。
物理化学的特性
特性物理状態
融点
フッ化ナトリウム 白色結晶性粉末
摂氏993度
フッ化水素 刺激臭を持つ気体あるいは無色の液体 マイナス83度
沸点 密度
フッ化ナトリウム 1695度(気圧100キロパスカルで) 2.56
フッ化水素 19.5度
水溶性 酸性度
フッ化ナトリウム 摂氏10度にて1リットルあたり42グラム
なし
フッ化水素 20度以下でよく溶ける 液体状態で強酸
水に溶けた状態で弱酸
主な使用法
無機のフッ素化合物はアルミニウムの製造、鉄及びガラス繊維製造の際の融剤として、またリン酸肥料、煉瓦、タイル、磁器の製造において使用される。フッ化珪酸は水道水のフッ素化システムに使用される。
環境中での運命
フッ化ナトリウムが水に溶けるにもかかわらず、フッ化アルミニウム、フッ化カルシウム、そしてフッ化マグネシウムはわずかに溶けるだけである。
分析法
フッ化物は、通常、水に溶けたフリーのまたは化合物と結合したフッ化物の総量を測定することが出来るイオン選択性の電極によって検出される。少なくとも水1リットルあたりに20マイクログラムがふくまれていなければこの方法は利用できない。フッ化物が1リットルあたり10マイクログラム存在していた雨水では、検出限界が1リットルあたり1マイクログラムであると報告されている。
0.05から0.4mg/lのレベルのフッ化物を検出するためのフッ素選択性の電極とイオン分析装置を用いた方法が記述されている。少し形を変えた方法が0.4から2.0mg/lの範囲にあるフッ化物の測定に利用できる。
環境中のレベルと人の曝露
大気
自然界のバックグラウンドの濃度は0.5ng/klのオーダーである。もし人類が排出した物を含めれば、世界中のバックグラウンド濃度は3ng/klのオーダーである。オランダでは、排出源がない地区における濃度は30から40ng/klであり、たくさんの排出源を持っている地区においては70ng/klにまで上昇する。合衆国及びカナダにおけるいくつかの地域の空気中のフッ化物の調査では、濃度は0.02から2.0μg/klのオーダーであった。中国のいくつかの省においては、調理や食品の乾燥保存のためにフッ化物を多く含有する石炭を屋内で燃やすため、屋内空気のフッ化物濃度が16から46μg/klの範囲であった。
水
多くの水の中にごく少量のフッ化物が存在している。より高い濃度は、しばしば地下のフッ素源と関連している。海水中では、総フッ化物濃度が1.3mg/lであると報告されている。フッ化物を多く含む鉱物が豊富な地域では、井戸水は1リットルあたり約10mg多くフッ化物を含有している。最も高い自然界のレベルは2800mg/lであると報告されている。フッ化物はおそらく工場から排出されて川に入ってくるのであろう。地下水においては、フッ化物濃度は地下水が流れる岩石のタイプによっていろいろである、しかし10mg/lを超えることは通常ない。オランダのライン川では、0.2mg/以下のレベルである。ムーズでは、工業の過程の結果として、濃度は0.2から1.3mg/lに変化する。
中国のいくつかの村の地下水のフッ化物濃度は8mg/lよりも高かった。カナダでは、公共上水道の水における、飲料水のフッ化物レベルはフッ素化されてないもので0.05から0.2mg/l以下であり、フッ素化された飲料水では0.6から1.0mg/lであると報告されている。井戸水から取り出された飲料水では3.3mg/lまでレベルが上がると報告されている。オランダでは、すべての飲料水工場の年間平均値が0.2mg/l以下である。フッ化物を含有する鉱物に富む土壌を持ついくつかのアフリカの国々では飲料水中のフッ化物レベルは比較的高値である。例えばタンザニア連邦共和国では8mg/lである。
食品
ほとんどすべての食品成分が少なくともごくわずかのフッ化物を含んでいる。すべての野菜は、土壌と水から吸収したフッ化物を含んでいる。野菜の中で最も高いフッ化物レベルを示すものは、ちりめんキャベツ(40mg/kg)とチコリ(0.3から2.8mg/kg)である。他の高いレベルのフッ化物を含有する食品は、魚(0.1から30mg/kg)とお茶である。お茶におけるフッ化物の濃度の高さは、お茶の木における高い天然のフッ化物濃度によるか、あるいは熟成や発酵の際に使用される添加物によってもたらされうる。乾燥茶葉におけるレベルは3から300mg/kg(平均100mg/kg)になりうる。それ故、2杯か3杯のお茶にはおよそ0.4から0.8mgのフッ化物が含まれている。高いレベルのフッ化物を含有した水をお茶に使う地域においては
、お茶を介して取り込むフッ化物の量は数倍になりうる。
歯への応用
歯科的な目的に対しては、フッ素剤は、低濃度(1錠あたり0.25から1mg、歯磨き剤1sあたり1000から1500mg)あるいは高濃度(1リットルあたり10000mgを含有する液体及び1sあたり4000から6000mgを含有するゲルが局所応用に用いられる)のフッ化物を含む。
総曝露量と飲料水の相対的寄与の評価
フッ化物に対する日常的な曝露レベルは地理的な区域に依存している。オランダでは、一日のフッ化物総摂取量が1.4から6mgであると見積もられている。食品が摂取源の80から85%とみられている、飲料水からの摂取は一日あたり0.03から0.68mgであり歯磨き剤からは0/2から0.3mgである。子供では、食品及び水を介した摂取は減少する。なぜなら、消費量が(大人に比べ)より少ないからである。食品及び水からの摂取は体重の割には(大人に比べ)より多い、しかしながら、歯磨き剤やフッ化物の錠剤を飲み込むことでさらに増加する(一日あたり3.5mgまで増加)。
いくつかの研究によれば、一日あたりの摂取量が0.46から3.6ないし5.4mgまで上がることが報告されている。火山地帯(例えばタンザニア連邦共和国)の一日曝露量は、主に飲料水の摂取によって大人では30mgほどの高さになる。相対的に高いフッ素濃度の地下水を持つ地区では、フッ化物摂取源としての飲料水の重要性がより高くなる。石炭にフッ化物が多く含まれている中国のいくつかの郡では、フッ化物の一日平均摂取量が空気を介して0.3から2.3mg、そして食品経由で1.8から8.9mgである。
実験動物及びヒトに於ける(フッ化物の)動態と代謝
経口摂取したあと、水に可溶性のフッ化物は速やかにそしてほとんど完全に腸管から吸収される。水に溶けにくいフッ化物はより低い程度で吸収される。吸収されたフッ化物は血液によって運ばれる。飲料水からの長期にわたるフッ化物摂取によって、血液中のフッ化物濃度は飲料水中のフッ化物濃度と同じになる。その関係は、飲料水中の濃度と10mg/lの濃度まで一致するものである。フッ化物の拡散は速やかである。フッ化物は歯牙と骨に取り込まれる。しかし軟部組織にはほとんど蓄積することはない。歯牙及び骨格組織への取り込みは可逆性である。曝露中止後これらの組織から遊離される。フッ化物は尿、便及び汗から排出される。
実験動物及び試験管内実験系に於ける影響
長期曝露
ほとんどの長期研究には制限がある。フッ化ナトリウムに関する飲料水の研究では、骨組織に対する影響が観察されている。飲料水1リットルあたりフッ化ナトリウム25あるいは175mgをマウス(小型のネズミ)及びラット(大型のネズミ)に投与した2年間の研究では、両方のレベルの濃度において象牙質の変色と異形成がおこり、長管骨における骨硬化症が投与量の多かった雌にのみ観察された。最近の別の2年間のラットでの口腔研究では、一日あたり、体重1sあたり4mg以上のフッ化ナトリウム投与で、歯においてはエナメル芽細胞異形成、切歯の変形、エナメル質の低形成などの影響があり、骨に対しては、骨膜下の過角化という影響があった。
変異原性及び関連した諸点
多くのフッ化物(たいていはフッ化ナトリウム)についての変異原性研究が行われている。イン・ビボ(生体内)研究として行われた、細菌と昆虫における試験では変異原性は認められなかった。イン・ビトロ(試験管内)における乳腺細胞では、フッ化物は、細胞を傷害する濃度(10mg/l)でのみ、機序不明の遺伝子損傷を惹起した。この遺伝子に対する影響は、ヒトに対する実用的な曝露量においてはおそらく限られた関連しかないであろう。
発ガン性
IARC(国際癌研究機関)は1987年の利用可能な研究につき評価し、限られたデータでは、実験動物での発ガン性の十分な証拠はないと結論した。飲料水中に11、45、79mg/l(フッ素イオンの形で)のフッ化ナトリウムを投与されたラットとマウスでの最近の研究では、唯一、雄のラットにおいて骨肉腫の発生が増加(無投与、少量、中等量、多量に投与されたそれぞれの群において、発生率は0/80、0/50、1/50、3/80)した。この増加は、雄のラットでの発ガン性作用に対する両義的な証拠を提供していると考えられた。つまり、この研究は、雌のラットと雌雄のマウスにおいては、そのような発ガン作用についての証拠をもたらさなかったのである。他の最近の研究においては、2年間にわたり毎日体重1sあたりフッ化ナトリウム4、10、25mgの投与レベルの餌を与えたラットにおいては発ガン性は観察されていない。
ヒトへの影響
フッ素はおそらくヒトと動物にとって必須の元素である。ヒトでは、しかしながら、その必須性は、はっきりとは示されていない。また、栄養的な必要最小量について示した利用可能なデータはない。急性フッ化物中毒の症状を呈するのには、体重1sあたり少なくとも1mgの経口投与が必要である。
飲料水からのフッ素の長期摂取の副作用の可能性についての多くの疫学的な研究がなされている。これらの研究はフッ化物が主に骨組織(骨と歯牙)に対する影響を生じることを明らかにした。低濃度のフッ化物は、齲歯を予防する。なかんずく子供においてそうである。飲料水1リットルあたり約2mgまでは濃度が高まるに連れて、この予防効果は高くなる。またこのような効果を生じる必要最小限の濃度はおよそ0.5mg/lである。
フッ化物は飲料水における0.9から1.2mgの間の濃度において軽度な歯のフッ素化を引き起こすであろう。このことは、1リットルあたり1mgのフッ化物を含む飲料水によって調査された人口の46%に歯のフッ素化が認められることを示した中国で行われた最近の大規模研究を含む、一連の非常に多くの研究において確かめられた。温暖な気候の地区では、大まかな値で、飲料水1リットルあたり1.5から2mg以上のフッ化物濃度において明らかなフッ素化が起こる。より温暖な区域では飲料水の中のもっと低濃度ところでフッ素化が起こる。なぜならより多くの飲料水が消費されるからである。飲料水以外の経路からのフッ化物摂取(例えば空気、食品)が増加している区域では、1.5mg/l以下の飲料水濃度において歯牙のフッ素化が起こることが可能と思われる。
フッ化物はまた、骨組織にもっと大きな影響を与えることができる。飲料水は1リットルあたり3から6mgのフッ素化物を含むとき、骨のフッ素化(骨構造の逆転を伴っている)が観察される。飲料水1リットルあたり10mgを超えるフッ化物が含まれているときに骨障害性のフッ素化が起こる。合衆国環境庁は、濃度4mg/lが骨障害性のフッ素化を防ぐと考えている。
飲料水中のフッ化物と人口中のガン発生率との関係の可能性についていくつかの疫学的研究が利用できる。IARCは、1982年と1987年にこれらの研究を評価し、ヒトに於ける発ガン性の十分な証拠はないと考えた。妊娠の結果に対する飲料水中のフッ化物の副作用の可能性についての疫学的研究の結果は結論を与えるものではない。
ある特定のタイプの腎障害に罹っている人はフッ化物の効果についてより狭い範囲の安全域しか持っていないことが知られている。このことに関する利用可能なデータは、しかしながら、そのような人々のフッ化物毒性に対する感受性の増加を量的に測定するにはあまりにも制限がありすぎる。
ガイドライン値
1987年にIARCは、3つの群に無機性フッ化物を分類した。雄のラットにおける一つの研究に発ガン性についての両義的な証拠があったが、広範な疫学的研究は人に於ける発ガン性の証拠はないことを示した。
1984年に設定された1.5mg/lというガイドライン値が改められる必要があることを示唆する証拠は何もない。この値を超える濃度は歯のフッ素症のリスクを高め、もっと高い濃度は骨のフッ素症を惹起する。この値は、上水道の人工的フッ素化に推奨された濃度よりも高い。フッ化物の国家的標準の設定においては、気候条件、水摂取量
、他のフッ素源(例えば食品や空気から)からのフッ素摂取などを考慮することが特に大切である。自然に存在するフッ化物のレベルが高い地区においては、利用可能な技術的な処置を用いることができる状況においても、ガイドライン値を達成することが困難かもしれないことが知られている。