第444回 歓喜会

 
平成13年 7月26日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。

今年は本当に暑い夏です。例年8月の中旬、お盆の
ころには、このように暑い日もありますが、今年は、7月の
初めからまるで熱帯地方になったように、猛暑の毎日です。


 ところで、年一回、遠くから里帰りする人が多いお盆は、
浄土真宗では、お盆というより「歓喜会」と言う方が適当のようです。


 お釈迦さまのお弟子、目連尊者のお母さんが餓鬼道に
落ちているのを知り、どうしようもなく悩み苦しみますが、
お釈迦さまのお導きで、修行中の僧侶をもてなすことで
救われたという盂蘭盆経にちなみ、日本では先祖崇拝と
結びついた年中行事となっています。



盂蘭盆(うらぼん)とは逆さまに吊るされているように、
最も苦しい状態を意味する言葉ですが、浄土真宗では、
この苦しみが聞法によって最大の喜びに転じらる、苦しみが
歓喜に転じられる聴聞をするご縁であると、お盆の法座を
歓喜会というのです。          


 歓喜とは、信心歓喜などとお経にはありますが、
親鸞聖人は「歓はみをよろこばしむ、喜はこころを
よろこばしむとなり」とおっしゃっています。


また「歓喜とは、得なければならない往生を必ず得る
ことができると、往生に先立ち前もってよろこぶという
意味である」と、お書きいただいています。     


また蓮如上人は、「何ごとにおいても、善いことを
思いつくのは仏のおかげであり、悪いことでも、それを
捨てることができたのは仏のおかげである。
悪いことを捨てるのも、善いことを取るのも、すべてみな
仏のおかげである」(聞書296)


「仏法においては、愛するものと別れる悲しみにも、
求めてもえられない苦しみにも、すべてどのようなこと
につけても、このたび必ず浄土に往生させていただくことを
思うと、喜びが多くなるものである。それは仏のご恩である」
(聞書298)とおっしゃっています。


お盆の一時期だけではなく、念仏者の生活すべてが
仏恩報謝です。


他力の法にあうことでのみ、報恩の気持ちは味わえる
ものです。
自力には報恩は存在しないといわれます。


「おかげさまで」と言える生活こそ、もっとも喜び多い、
豊かな生活だと思います。


妙念寺電話サービスお電話有り難うございました。
次回は、8月2日に新しい内容に変わります。

   

          

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