第410回 救われるとは

   
平成12年 11月30日〜

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ところで、南无阿弥陀仏を口にする生活をすると、
苦しみや悲しみを乗り越えて、
力強く生きることが出来る
というのは、どうしてでしょうか。


南无阿弥陀仏、南无阿弥陀仏というのは、呪文なのでしょうか。

どうしてお念仏をすると変化が起こるのでしょうか、
なかなかうなずけません。


よくよく考えてみますと、南无阿弥陀仏というのは、
どういうことを口にしているのかと言えば、阿弥陀如来さま
あなたほどすばらしい仏さまはありません。


あなたの国ほどすばらしい国は他にはなく、あなたの
理想こそ私は、最もすばらしい理想、願いだと思っています。


私は阿弥陀さまを信じ、頼りにし、すべておまかせしますと、
口にしているのです。


「南无阿弥陀仏」は、阿弥陀如来をほめたたえ、私も
阿弥陀如来のようになれたらいいなあと、口にしているのです。


今私が生活するこの地球上の、この国の生活も
すばらしいものですが、それにも増して、阿弥陀如来の
理想の国、お浄土こそが最高だと思います。


私も、その世界に生まれたいと思っています。

このように、南无阿弥陀仏は、口にしていることなのです。


ところが、私たちは、ただ口に南无阿弥陀仏というものの、
その言葉の意味は良く知らずにいます。


そこで、蓮如上人は、ただ口にお念仏をしただけでは、
救われない、お説教を聞き、お聴聞しなさいと勧められた
のでしょう。


口に阿弥陀如来を讃え、耳に聞かせていただきながら、
その意味が味わえないと、それは、ただの呪文と
同じように思えてしまいます。


お念仏をすれば、将来、お浄土に生まれることは
確かとしても、いま、この世で、その喜びが味わえず、
空しい毎日を過ごすことになってしまいそうです。


お聴聞して、南无阿弥陀仏を味わい、阿弥陀如来の
理想の世界、お浄土のことを、阿弥陀如来の大きな願いが、
ほんの少しでも味わえると、この世界が、今この時が、
大きく転じられて、喜び多い毎日が訪れてくるのです。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、12月7日に新しい内容に変わります。



          

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